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大学生やってます

シベールの日曜日を観ました

ロリコンの定義とは。

ロリコンと言ったらキューブリックの「ロリータ」が必ずと言っていいほど引き合いに出されるくらいだと思うのですが、今回私が観た映画は「シベールの日曜日」。

 

記憶喪失の男はある夜、みなしごとなる少女と出会う。彼女は施設にいきたくないと、男に“パパ”という称号を(無理矢理)与え、男は毎週日曜日になると学校へ彼女を迎えにいき遊んでやる。

大きくなったら結婚しましょうという少女の恋人ごっこにつきあう男は、湖のまわりで彼女と戯れる。だけど少女に優しくする少年の頬をぶつなど大人として少々見苦しい行いもする。なんやねん、いい歳して子供に嫉妬かいと勝手にあちゃーってなる。

 

男には恋人がいる。一緒に住んでいるけれど、恋人は看護師で忙しい。ある日曜日、恋人に友人の結婚祝いに招かれる。日曜日は少女との約束の日だ。きちんと断りをいれられなかった男は結局恋人たちと出かけ、出先で少女に見つかる。

 

フタマタがその場で双方にばれた場合、どちらか一方をこてんぱんに叩き潰すしか逃れられる手段はない、というのは誰が言っていたものだったっけ。もし浮気相手といたときに、本命とバッティングしてしまったなら、苦しい言い訳なんぞせず、その浮気相手を本命の前で徹底的に傷つける。どちらも失う覚悟だけれど、そもそも浮気なんてどちらも失う覚悟じゃないとやってらんないよね、なんて思う。

 

男は遊園地で恋人にキスされたところを偶然少女に見られる。見られたことに男はすぐさま恋人の頬をぶつ。そこから乱闘騒ぎが始まるんだけど、てんやわんやで男は家に帰り、少女に直接謝りにいくという流れになる。

 

まあこの映画の場合は浮気なんて意味付けてもいいの?と思うほどかわいらしいものだと思うし、週に一回の子供との逢引に目くじら立てているのは恋人じゃなくまわりの連中だった。クリスマスを少女と祝うために恋人との約束をずらし、ツリーを盗んでこっそり森のなかで少女と微笑みあう。幸福。そうそう、やっぱりクリスマスは幸福でなくちゃ。

 

 

なぜに風見鶏なんだろう?気になったのはそこです。「名」なんかない、と泣き言い放った少女の運命とは。もうめまいがしない、と盗んだ風見鶏を、男は、どうしたかったのだろう、少女に差し出して、もう名前を知っているというのに、どうして風見鶏をとろうとしたのだろう、彼は子供を殺した?殺そうとした?殺す意思があった?わからない、友人のいう「悪夢から逃れるためなら殺すことも考えられる」みたいなことは、実際に彼に起こったことなのでしょうか?我を忘れた?記憶喪失という悪夢から、少女の名前を知ったことで逃れられたのでしょうか?わからない、どうしてあんなラストになったのか。男はどうしようとしたのか、なにを思い出したのか。少女は名前を告げるべきではなかったの?

 

 

恋人の愛がギブアンドテイクのみならずギブギブギブアンドテイク、くらいの愛だった、やっぱ看護婦ってそうなんかな…

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